つむぐびとプロジェクトの意義と役割について

1.はじめに

TSUMUGU”BITO” Projectでは,制度,政策の網からこぼれる医療・福祉・教育の問題を「日常生活」のなかで発見し,独自の文脈で捉え直し, 解決策に向けたアイディアや方法を開発し実践している当事者や異分野多職種の人々を「紡ぎ」,更に大きな課題を解決する「協働」を作り上げることを目的としている.
この基盤にあるのが,日本という国に適した「支援」とは何かという問題意識である.日本は,経済成長が1980年代にピークに達し,それに合わせて社会保障制度も充実させてきた.その結果,数値的には,母子保健の充実度を示す指標である乳児死亡率,社会保障制度の充実度を示す指標である男女平均寿命は,世界トップレベルを維持している.にもかかわらず,例えばOECD 幸福度ランキング 2013年版Better Life Index(BLI)※を見ると,日本の幸福度は36カ国中21位(前年21位)となる.この評価は,北欧諸国を訪問した印象に照らしても,個人的実感に近いと考えている.

日本の社会と医療の行方20140203BLIの中で,日本が比較的上位を占めるものに,健康と教育がある.健康指標に大きな影響を及ぼすものに医療制度があるが,戦後の日本は,Ⅰ期:戦後~60年(S35)頃まで(拡張期),Ⅱ期:60~70年代(~S55)(改善期),Ⅲ期80年代以降(S55~)(調整期),Ⅳ期:2001年以降(H13~)(激動期)と時代を区分でき,現在は,国が進める社会保障・税一体改革の「2025年モデル」の実現に向けた重要な時期と位置付けられている.2025年モデルとは,団塊世代が後期高齢者の年代に達する時点で求められる医療・介護提供体制の絵姿を示したものである.入院医療に関しては,急性期入院に医療資源を重点投入することで平均在院日数を短縮させ,病床数を絞り込むイメージが示されている.同時に,急性期後の受け皿となる病床や在宅・外来医療の拡充を図り,在宅への移行を促すという基本方針が取られる.

140207tsumugubito子どもの施策は,1990年の1.57ショック以後,より少子化が進み,その対策に追われているのが今の状況である.この間,子ども権利条約,障害者権利条約の批准,WHO健康の再定義など,国際的な動きに呼応しながらも,先を見据えた大きな制度変更は行われていない.その最たる例が,教育制度である.
社会の実情と制度のミスマッチは,今も昔もあったと思われるが,家族制度が崩壊し,個人が,社会の荒波に直接放り込まれるようになり,家族制度に代わる,新たな地縁(知縁)の構築に向けた取り組みが求められるようになった以下では,TSUMUGU”BITO” Projectで語られた事例を提示し,その意義と役割を考えてみる.

※経済協力開発機構(OECD)が発表している各国の暮らしの豊かさ・幸福度の指標.暮らしについて以下の11項目を点数化している.①Housing(住居);住居費,1人あたりの部屋など,②Income(家計所得);所得,資産など,③Jobs(仕事);就職率,失業率,個人所得など,④Community(コミュニティ);支援ネットワークの質,⑤Education(教育);教育の達成,学生の能力など,⑥Environment(環境);大気汚染,水質など,⑦Civic engagement(市民参加);投票率など,⑧Health(健康);平均寿命など,⑨Life Satisfaction(生活満足度);生活の満足度など,⑩Safe(安全);暴行率,殺人率,⑪Work-Life Balance(ワークライフバランス);長時間労働,余暇・ケアに充てた時間など.

2.事例から見える課題

(1)子どもにとっての新たな困難~ヤングケアラーの存在・見えてくる課題~

2014.3.14 tsumugu bito(ヤングケアラー)介護は高齢者の問題に限らない.最近では,若い世代が介護を担う「ヤングケアラー」の存在があることがわかってきた.ヤングケアラーは,親やきょうだい,祖父母等を対象に,その症状は身体障害,感覚障害,知的障害,長期にわたる病気,薬物やアルコール依存,精神的な問題など多岐にわたる.また,実際のケアは,家事援助,日常生活における一般的な介助,情緒面のサポート,入浴・排泄などの介助,妹や弟の世話や親代わり,などである.ヤングケアラーの問題の大きさは,ケアを担うことにより,親子関係の逆転,不登校などの教育問題,社会的孤立,経済困難,人格形成と就職問題などに影響を及ぼし,結果として就学・進学,就職,社会参加の機会を侵害されたり,奪われたりするということにある.ヤングケアラーの実態は医療と教育の壁で不明な部分が多いが,あるMSWの調査で35.3%が,これまでに18歳以下のこどもが家族のケアをしていると感じた事例があると報告されている.1)
ヤングケアラーの語りからは,周囲のサポートや理解不足,体調不良などの健康問題,社会的孤立,母との関係など,様々な潜在的な生活課題が見えてくる
地域で孤立しているヤングケアラーを発見するために,学校への働きかけ,教材や情報の提供,疾病・障がいのある子のきょうだいへのアプローチ,居場所・つどいの場づくり,子ども向けのWEBサイトの開設が必要と.そして,役所,学校,病院,地域が連携することが不可欠である.
子どもにとって,就学・進学,就職,社会参加の機会の喪失がもっとも懸念される課題である

(2)暮らしの幸せの作り方~障害児者を例にとって~

暮らしの幸せの作り方(つむぐびと)14.03.14生活障がいのある人々の支援において,生活問題だけを支えても,人の暮らしは支えられない,つまり生活に困難をもたらしている物事や,放っておくと生活困難をもたらすことが予測される課題にも取り組まなければならない.生活課題を見るときには「生活の構造的把握」という視点が重要である.その人らしい暮らしは,金銭・住居・衛生・食事・身づくろい・余暇,学習などの形で見えること(生活支援),ライフステージごとに取り組むべき課題や選び方・決め方・責任の取り方などの形で見えにくいこと(人生支援),そして自尊感情・自己認識・心理的安定などの形に見えないこと(内面に培うもの)により生み出される2).支援の基準は「最低限の生活」ではなく,「幸せな生活」を送ることが出来るかである.
ライフステージ毎に取り組むべき課題は異なる.乳幼児期は家庭が安全基地になる必要があり,学齢期は豊かな生活体験による生活スキルの獲得,青年期以降は大人としての生活の構築となる.「障害がある」ことによって,①親自身が混乱する時期がある,②家族の中に葛藤が生じやすい,③自分のおかれている環境を理解しにくい等により,本人にとって安心・安全な環境がおびやかされやすい状況が生じ,その人に理解しやすい環境・条件づくりが必要となる3).また本人の発達段階と年相応の体験,親の諦め過ぎず,期待すぎずのちょうど良いところを探すための支援が必要である.そして,自分自身が周囲の要求に応えられないことや人と比較して自信を無くす,また親など周囲がすべて決めることによる無力感や常に子どもとして扱われることで,「否定的な自己像」を描きやすい.
無理と思わずに「可能性」を見出すにはどうすればいいのか(人の能力を,補う方法),「子ども」が「大人」になるために必要なことは何か(日常生活・社会生活への参加の方法),家族にとっての幸せ,本人にとっての幸せとは何か(本人が「価値ある自分」を感じる方法)を問い直し,家族・支援者の「人間観・援助観」「障害観・障害者観」の点検をすることが重要である.

(3)困難を抱える子どもたちの学校教育を考える

第4回TSUMUGUBITO_seki_revised学校教育の現場では,子どもたちが職場や地域社会の中で多様な人々とともに社会生活を行っていく上で必要な基礎的な能力を養う場でもある.病気の子どもたちの学校生活の現状は,病気の理解がないことやハード面の受入環境が整っていない,受入経験がないことが理由で普通学校に入れないケースがある.受入側の養護教諭は医療に関する研修の機会が少なく,学校長や担任の理解によって知識や対応にばらつきがある.個別対応するためには人員確保が必要であるが,通常の学級では人を増やせる状況になく発達障害の子どもへの対応に手いっぱいで病気の子どもについては見落とされてしまいがちという現状である.支えたくても施設の改善や補助教員の確保の予算がなかったり,管理責任の問題があったり,病気の子どもは敬遠されがちである.保護者の気持ちの受け止めや保護者からの情報が提供されないため対応に困るケースがある.
教育現場で支援が必要なのは慢性疾患,発達障害,学習障害,アレルギー疾患などの病気を持つ子どもだけではなく,性同一性障害,貧困,虐待など,いろんなケースが増えている.子どもだけでなく保護者にも支援は必要であり,北欧では保健師が病気の子どもの家庭を丸ごと支えている.日本は保健師が介入できるのは学校に入学するまでとされている.実際には4歳児未満までが対象で保育園までは連携できるが,それも稀である.学校とは情報連携も全くできておらず,入院すれば,病院に任せてしまうのが現状である.
日本で実践するには,患児の病状を理解し,学校における具体的な支援の内容を,学校が持つ様々な制限を理解したうえで,冷静に,わかりやすく提案できる人が必要である.具体的には,主治医や担当看護師,SW,支援団体など,直接出向くことが出来る人はいるが,支援を受け入れる側である学校が,前例がないという理由で支援の手が入りづらいケースが多い.医療や福祉と教育の壁が厚いのが実情である.

(4)認知症の何が課題なのか

第4回TSUMUGUBITO_徳田さん認知症の人は,たとえ病気の程度は同じでも,住む地域や環境によって,暮らしの様子が全く違う.たとえば,統合失調症の幻聴や関係妄想,認知症高齢者の周辺症状など,精神認知機能の障害は,環境の影響を大きく受け,どこで,だれと,どのような状態で過ごすかによって違ってくる.
認知症の人が生き生き豊かに暮らすには,介護の通所介護施設やグループホームや医療の通所リハビリ施設や病院などに閉じ込めるのではなく,地域に出て行き,買い物をしたり,外食をしたり,喫茶店でコーヒーを飲みながらおしゃべりをして,認知症になる前と変わらない暮らしができるのが望ましいとされている.認知症の人は,特別な人とみるのではなく,物事を理解するのに時間がかかる人だと認識する知識をもってもらい,コミュニティの一員として受け入れられることを望んでいる.認知症の課題は,医療・介護リソースの問題ではなく,普通の人が「ジブンゴト」として関わることが解決につながる.鉄道事故,高速道路の逆走,行方不明,振り込め詐欺等,様々な認知症の問題が増加する中で,認知症になっても安心して暮らすための環境整備に向けて,自治体,公共機関,企業の様々な取組が始まっている.それは,地域での啓発活動,地域資源マップの作成,ネットワーク構築などの活動にだけでなく,認知症の人の生活を支える商品やサービスについて様々な分野の企業が参加し新規事業領域の創造に取り組んでいる.認知症の課題は,本人が少しずつ機能を失う中で自分らしい暮らしを維持していくための支援・サービス・環境を当事者の日常生活の視点で創ることである.

(5)企業の事業領域での強みを生かした社会的課題の解決

高山TSUMUGUBITO講演20140606企業が主体となって,地域の様々なステークホルダーと協働してコミュニティづくりに取り組むケースが増えている.エーザイ㈱では,2008年より,病気になっても安心して暮らせる「まちづくり」活動を推進してきており,2013年には,横浜市と「認知症をみんなで支えるまちづくり協定」を締結し,市内における認知症に対する理解促進や認知症の人の人権に関する意識啓発,行政・医療・介護等の連携支援等を推進し,認知症の人が安心して暮らし続けることができる地域づくりを行っている.具体的には,認知症サポーター養成講座への支援等を通じた疾患啓発や行政・医療・介護関係者等の多職種による医療・介護ネットワークの創出,認知症をみんなで考えるまちづくり懇談会への支援等である.
澤田TSUMUGUBITO講演20140606(公開用)また,味の素㈱では,東日本大震災の被災地に「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」として食べるという日常生活のもっとも重要な行為を通じて,健康問題の解決,人が集まる場の提供,などに貢献することを行っている.被災地の仮設住宅では,コミュニティの崩壊による「語らいの場」減少等に代表される地域孤立,アルコール依存症,生活習慣病のリスクが高まりなど,精神的な影響や健康・栄養の問題により,生活障害のある状況になりやすい.そのような状況で,市町村役場などの現地行政,社会福祉協議会,食生活改善推進員協議会,大学,専門職(栄養管理士・保健師,看護師),NPO,仮設支援員と協働して,仮設住宅の主婦・子ども・高齢者・男性などに対して,移動式調理台を使った参加型のセミナーや地元の食材を使い,レンジで簡単にでき栄養バランスの良いメニューを提供するという取組である. いずれも企業の事業領域での強みを生かし,社会的課題の解決を目指すものである.

(6)制度の外側からの生活支援の取り組み

140704_TSUMUGUBITO-TAKEDA_final慢性疾患や加齢・認知機能の低下などにより,様々な生活障がいが起こる.これらの対処には医療保険,介護保険,障害者福祉サービスの中で行われるケースが多いが,制度・政策に囚われない取り組みがある.慢性疾患をもつ患者は,自身による健康管理を必要とするが,そのためには知識のみならず,自己管理を生活に取り込み,継続することが求められる.医療保険の中で行われる患者教育の主体は医療者であるが,セルフマネジメント教育は,患者自身が問題を解決するための意思決定や行動の支援をするところにある.慢性疾患セルフマネジメントプログラム(Chronic Disease Self-Management Program: CDSMP) 4) では,「自分らしい病ある生活・人生を送れるようにする」ことを目標として掲げており5),治療の管理に加え,社会生活や感情の管理といったライフ次元にも注目しているプログラムの背景は,バンデュラが社会学習理論の中で提唱した,「自己効力感(self-efficacy)」によって人間の行動を解明する理論にある6).海外の評価研究では,健康問題に対処する自己効力感の向上,7-10 )などの効果が報告されている
病気の人は,病気によってできないことが増える,人に助けてもらうことが多い,誰も自分のつらさをわかってくれない,痛い,だるいなどの症状があって動けない,と自己効力感が低くなりがちである.
このプログラムは,患者主体のワークショップで,問題解決の対処法を学び病気や困難とともに生きる力を向上させることが特徴である.
140704_TSUMUGUBITO-KAN音楽療法は,高齢者介護の分野で行われているケースが多い.しかしながら介護保険サービスの中で行う場合,そこに関わる音楽療法士の生計がなりたたないというのが現状である.そこで,要介護高齢者の生活の質の向上を図りつつ,音楽家の活躍の場の創造と経済的自立を可能にする取り組みが行われている.この音楽プログラムは,演奏を聴かせることではなく,共に楽しむことに長けたミュージックファシリテーター(音楽プログラムを提供するプロフェッショナル)がサービスを提供する,決められた内容を行うのではなく,その場に集まった人の好みや心身の状況を考慮し施設職員様と共に考えながらプログラムを組み立てる,各回のプログラム実施後には施設職員と振り返りを行い,改善に努めている,ことを特徴としている.介護職員は食事・排泄・入浴といった日常の介護に追われがちであるが,このセッションは職員が利用者とじっくりコミュニケーションをとる機会となり,モチベーション維持・向上につながっている.音楽以外にも運動,旅行,美容,美術などで保険給付に囚われない高付加価値型のサービスが増えている.

(7)就職から定着のために,総合的支援により自立を促す

スライド1障害者の法定雇用率は,平成25年に『障害者の雇用の促進等に関する法律』に基づき,一般の民間企業は2.0%の雇用義務に改正され11)障害者の雇用環境は改善されつつある.しかしながら,いずれも達成している企業は半分以下.未達成企業のうち,一人も雇用していない企業が59.6%にのぼる.障害者の種別は,身体障害者(身体障害者手帳)366万人,知的障害者(療育手帳)547万人,精神障害者(精神障害者福祉手帳)323万人12)で,ハローワークの新規求職申込件数は,身体障害者が横ばいに対して,知的障害者,精神障害者は右肩上がりになっており,働く側と受け入れ側のマッチングがますます重要となっている.具体的には,求職者からは,履歴者・職務経歴書などの作成,面接の受け方,自分に合う職種の選び方であり,求人企業からは障がい者雇用の進め方,どんな仕事を用意すればいいのか,という相談が多い.障害者における就職までのチャネルは多様化しており,中学以降の進路先としては,高等学校,特別支援学校,サポート校,高卒認定試験,高校等卒業以降は,仕事に就く,短大,大学,大学院へ進学,専門学校へ進学となっている.特別支援学校からは,企業実習を経て障害者雇用枠で就職,大学からは,一般就労,障害者雇用枠で就職,職業訓練,就労支援機関を経て障害者雇用枠で就職というケースがある.就職までには,自己理解(特性理解,他評受容),日常生活,心構え,社会体験などの準備を経て,先行対策のステップになる.就職のためには, 働く意欲や自身の特性に対する理解や受容,自己管理などが必要であるが,併せて,そのことを説明できることが重要である.障害者の雇用機会は増えているものの,感覚過敏や体力の問題,仕事以外のコミュニケーション,変化への対応,ストレスへの対処,適切な仕事がない等の問題で定着しないこと,支援者,理解者の不足,就業中の人が相談できる窓口の必要性が課題となっている.また,障害者自身も自立した生活ができる収入を求めて転職する人の増加しており,障害者の就労支援も新たなステージを迎えていると言える.
WAGURIアステラス製薬㈱では、知的障害者の就労を総合的支援により企業内の部門が柔軟に取り組んでいる.そこでは知的障がいのある人の特性を考慮して設計・運営されている.「社会性」,「対人的スキル」を含め,様々な能力が周囲の指導 や本人の努力によって向上すること,また「障がい」だから仕方ないと考えるのではなく, 厳しさと楽しさが混在する働きがいのある職場を作ること,そして技能の質,幅の向上を期待して「挑戦」させる多面的な指導体制を実現し,本人の成長を促すことを支援方針としている.知的障害のある人は,褒められた経験や何かを成し遂げた実績は少ない一方で,失敗した経験や怒られた経験は多いため自己肯定感が低い場合が多い.そこで自己肯定感を高めるために,それぞれが事業所の1人として,しっかりと役割を持ち,責任を持って対応し,期待に応え実績を出す,頼られる,そして,自信を抱く,「自分はこの会社に必要な人間である」と思えるようにすること.そのために,日々の粘り強い指導の繰り返し,集合型研修やタイムリーな個別対話で対応している.また,目標管理制度を導入し,決して仕事は楽ではないことを伝え,目標達成に対する意識を持ち,少しずつハードルを上げるという取り組みを行っている.
これらの取り組みにより,実際に働いている人たちは,仕事の楽しさ,会社に対する愛着心,仕事の質の向上と幅の広がりを実現し,就業を開始した3年前とは全く別人という印象を周囲が受けている.働くことを通じて社会人として必要なスキルを身に着けさせ,人としての成長も促していくことは,企業の役割のひとつである.

(8)認知症・小児がんの当事者から見た日常生活の困難,課題

スライド1認知症,小児がん,ともに大変な病気と誤解されている一面があり,本人・家族が受容することが難しい疾患のひとつである.しかしながら,当事者の生活視点からの語りから,本当の問題点が見えてくる.認知症の当事者に生活上のお困りを問いかけると「時刻が分からなくなり,規則的な生活ができなくなる」「予定を覚えることが出来なく,約束した時間に遅れてしまう」「食事にこまる.薬の管理ができなくなる」.「買い物のとき,ついお札で支払ってしまい,財布に小銭がたまる」という言葉が返ってくるが,認知症を説明する記憶障害,見当識障害,幻覚・妄想,徘徊,興奮・暴力などの表現と非常にかい離があり,このことが誤解や偏見を生み出す要因になっている.認知症早期ではITツールや支援者に「できないこと」の役割を担うことで生活困難を回避することが可能である.また,残された時間をどう生きるかというのは個別性があるが,周囲が困らないように早い時点で具体的な対処の方法考えて準備しておくことは重要である.
スライド1小児がんは子どもにおける死因の一番であるのは変わらないが,治療の向上で7~8割が生存することが可能となった.しかしながら,幼少期でのり患は,その後の生活上に様々な困難を伴う.特に晩期合併症の問題もあるため移行期医療では,疾患の性質や重症度,重複疾患の有無,地域性などを考慮した対応が必要であるとともに,医療環境,心理的支援,患者教育,療育環境,遊び・教育環境,退院・復学支援,生活支援,自立支援など,成長の段階に応じて多職種が連携した包括的支援,民間活動を含む社会全体での支援が必要となる.また,小児がんにおける本人・家族の告知,受容,理解,他者への説明は,その後の治療や生活を行ううえで必要なことであるが,困難性が高いため周囲を含めた社会にとって大変難しい支援課題である.社会的な問題として認知症と同様にメディアで不幸や病と報じられる点に対して正しく理解をするための啓発活動が必要である.

3.総括

スライド86人は生きていくうえで,必ず何らかの生活障害に遭遇する.幼少期における生活障害は,その後の人生に大きく影響を及ぼす.子どもにとっての困難は自身の病気や障害だけでなく,家族の問題,貧困,介護,虐待といった環境要因によってもおとずれる.これらの困難は,教育問題,社会的孤立,経済困難,人格形成と就職問題などに影響を及ぼし,結果として就学・進学,就職,社会参加の機会を侵害されたり,奪われたりするということがある.発見と支援の道程では,行政,医療機関,学校,福祉施設,地域などの連携が重要であることは,様々な困難を抱えている子どもにとって共通の課題である.
報告事例から,支援の対象は家族(包含されている困難)であり,支援の基準は,幸せな生活を送ることが出来るか,生活問題だけでなく生活に困難をもたらしている物事や,放っておくと生活困難をもたらすことが予測される課題にも取り組む必要があることがわかる.
取り組むべき課題は,住んでいる地域・環境やライフステージによって異なるだけでなく医療,教育,福祉,生活(住宅)など課題の幅が広い.解決に向けては,地域ごとの資源を組み合わせ,当事者・家族を含めて多職種の連携・協働により取り組む必要がある.

4.プロジェクトの意義と今後果たすべき役割

少子高齢化や社会構造の変化に伴い現状の枠組みで対応できないような問題が増えている.課題解決に向けて様々な取り組みが行われているが,複数の困難を抱えているようなケースでは,対処が非常に難しい.対象分野を特定せず,様々な試行錯誤の事例を共有し,その中から支援方法や課題解決のヒントを探ることに,このプロジェクトの意義がある.
困難を抱える当事者を含めた家族の支援には,医療,教育,福祉(生活)分野の知識,経験が必要であるが,プロジェクトを通じて学びと支援のネットワークづくりが可能となる.
今後は,学習と連携にとどまらず,実践を通じた人材育成と協働による新たな価値創造を目指した取り組みが必要となってくる.つまり,当事者の日常生活視点で「生涯」という時間軸で起こりうる課題を解決に向けて人と資源をコーディネートできる人材を育成すること,そして既存の制度や政策で対応できない問題に向けて新しいかたち(サービス・ツール,仕組み)を生み出していくことがプロジェクトの果たすべき役割である.

(2014年10月)

生命と倫理:上智大学生命倫理研究所紀要、2014
TSUMUGU”BITO” Prpjectの意義と役割(榎本・西牧)